火曜日の夜、アメリカンエアラインズアリーナでサンアントニオ・スパーズはシュートに関する全ての記録を更新する勢いだった。ある男はそれに全くの無関心なように見えたが本当は喜んでいたかもしれない。

今夏サンダーのコーチングスタッフに加わったチップ・イングランドに関する記事。
※記事が公開されたのは2014年6月、サンアントニオ・スパーズとマイアミ・ヒートのNBAファイナルが第3戦が終了したタイミング。その試合は大爆発をしたスパーズが勝利をおさめた。
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チップ・イングランドはスパーズのアシスタントコーチでもあり、チームのシューティング専門コーチでもある。選手にシュートのアドバイスを送り指導し、選手のシュートフォームを一から変える。ときに選手との個人練習は痛みも伴う、壊れかけの(あるいは完全に壊れた)ジャンプシュートは直す前より壊れてしまうこともあるからだ。しかし、安定を手にするのにはそれが必要経費になることは違いない。
イングランド「とにかく安定させることが目的だ。コーチが選手を試合に出したら、コーチはその選手が期待した通りの活躍をすることを分かっているというくらいにね。それが難しいんだけども」
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NBAファイナル第3戦、プレーオフでも滅多に見ない大爆発をしたスパーズの勝利にイングランドは間接的に関わっていた。木曜日の第4戦に向けて2勝1敗に持ち込んだサンアントニオは第1QでFG成功率86.7%&前半でFG成功率75.8%のファイナル記録を樹立し、前半33本シュートを打っただけで71得点を奪った。
「我々はとにかく試合に勝つことを考えている」スパーズの記録的なシューティングについて満足した瞬間があったかどうかを聞かれ、イングランドは答えた。「それで試合に勝てたなら最高だ。でも確率は確率に過ぎない、いつか収束することもある。」
完璧なスパーズ節(いやポポビッチ節と言うべきだろうか)で5度目のチャンピオンに近づきつつあるチームを分析した。2005年にグレッグ・ポポビッチのスタッフに加わった53歳のイングランドにとっては当たり前のことだった。シュートを決めてスパーズが勝つ、イングランドはそこだけに自らの存在価値を見出している。
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レギュラーシーズンでスパーズはFG成功率48.6%でリーグ2位だった。プレーオフに入りその急成長ぶりで注目を集めてきたカワイ・レナードは第3戦で13本中10本シュートを決めてキャリアハイの29得点を記録した。レナードは手足の長いフォワードで3年前にスパーズがドラフト当日のトレードで獲得してからずっとイングランドの指導を受け続けてきている。
イングランドが選手と練習をするときは必ず会話から始める。「今のシュートフォームにどれだけしっくりきてる?」「自分で改善の余地があると思う分野は?」「何を教えて欲しい?」
「難しいよ、20年近くずっとやってきたシュートフォームを変えるんだから。時間はかかる」とイングランドは言うが、レナードの場合はそれほど難しくなかった。2011年6月にスパーズがレナードを獲得したとき、既にレナードをスカウティング済でリリースポイントに改善の余地があることを見抜いていたのだ。状況は2009年にリチャード・ジェファーソンがスパーズに入団したときと似ていた。
via https://www.theringer.com/nba/2016/10/10/16077030/nba-shooting-coaches-kent-bazemore-kawhi-leonard-8660e9939680
動画左がドラフトワークアウト時、右が2014年NBAファイナル時のカワイ・レナードのシューティングフォーム。レナード曰く「チップにリリースポイントを下げるように言われてその通りに練習をした」とのことだが、そんな簡単なアドバイスで見違えるほどの効果があるものなのか。
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ジェファーソンはイングランドとリリースポイントを変えたことで、2010-11シーズンにキャリアベストの3P成功率44%を記録している。ジェファーソンは改善に必要なアジャストを果すことで結果を残した。ジェファーソンをレナードのテンプレートとし、イングランドはレナードに2人の比較写真を見せ共通点を示した。
「カワイがリチャードのプレーを参考にしていることは知っていた、“リチャードがそうしたの?じゃあオレでもできるな”って感じだったよ」、レナードをその気にさせることにも苦労しなかった。
22歳のレナードはルーキーのときには49.3%だったFG成功率を昨季は49.4%、そして今季52.2%と毎シーズン向上させている。

チップ・イングランド門下生としてよく名前が挙がるのはトニー・パーカーとカワイ・レナードだが、実は一番恩恵を受けていたのはリチャード・ジェファーソンかもしれない。
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イングランドは1980年代初めにデューク大学でマイク・シャシェフスキーHCの元プレーし、スパーズに加わる前にもたくさんの選手を指導してきた。その中にはスティーブ・カー(イングランド曰く、“枠に捉われない考えが好き”)、グラント・ヒル(“とにかく熱心”)そしてシェーン・バティエ(“問題解決の達人”)を含む。
現在マイアミ・ヒートに所属しているバティエはまだパッとしないシューターだったデューク大学1年生のときにイングランドとかなりの時間を費やし練習をしていた。バティエはいまだに当時のスタッツを覚えている、3Pは24本打って4本しか決められなかった。イングランドはバティエのシュートフォームを一から直して、リリースポイントをもっと中心に寄せるように指導した。このファイナルを最後に引退することを表明しているバティエはイングランドの助けがなければ13年もNBAのキャリアを送ることはできなかったと感謝する。
バティエ「チップが文字通り自分のシュートを変えてくれて人生も変わった。決まり文句ってほどでもないけど、よく“NBAに行きたいなら、変えないとダメだ”と言われたよ。だから基礎からシュートを変えた、あとは知っての通りだ。」
バティエとイングランドは今まさに敵として戦っている。だが2人の過去のエピソードによって、イングランドがスパーズに所属していようともいかに彼の影響がリーグの端々に及んでいるかを感じられるのだ。
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